人を千人殺せ   本当はこわい歎異抄

むかしむかし、インドにアングリマーラと言う男がいました。この男、人を殺して指を一本切り落とし、千本集めると来世で良い世界に生まれ変われる…とアホな妄想に取りつかれ、ジャングルの奥に潜み、迷い込んでくる旅人を殺害して指を集めていました。王様の元に何とかしてくれと言う訴えが殺到、ついに軍隊をさしむけましたが、このアングリマーラ、ランボーみたいに一人で部隊を全滅させるなどやりたい放題…。

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歎異抄という、お聖教は、親鸞聖人の晩年の弟子、唯円という方が年をとってから、聖人を知らない若い連中が好き勝手なことを言うので、若いころ聖人に聞いたお言葉を思い出して、異義を正す(と言っても、正面切って違うわ!と言うのでなく、どうして違うことを言うのですか、これが正しいお言葉なのに…と嘆いて記したと言われています。
今でこそ、真宗の入門書として文庫本でも読めますが、江戸時代まで禁書扱いで、自由に読めなかった歴史があります。
文章の一番最後に、蓮如さんが「何でもかんでも訳のわからん奴に読ませちゃダメよ!」(超意訳)と書きつけて有ります。

第13章に唯円さんとのこんなやり取りが出てきます。
聖人「唯円は、わしの言うことをちゃんと聞くか?」
唯円「もちろんです」
聖人「じゃぁ、人を千人殺してきなさい。そうすれば極楽に往生できるぞ」
唯円「お言葉ですが、私は一人だって殺せません」
聖人「さっき、わしの言うことを聞くと言ったのはウソか?」
 ここまで聞いてると、どこやらのアブナい新興宗教みたいですが、蓮如さんは、この辺りの記述を曲解されるのをおそれたのすね。

聖人はこう続けられます。
「お前が人を殺せないのは、殺すべき原因が無いからだ。逆に原因があれば殺す気が無くても千人殺してしまうこともありうる」
良いこととか悪いことというのは、人間の心が決めるのであって、行動を起こしてしまうのは心と関係なく、原因があるから行動を起こしてしまうのだと言うんですね。
「原因があれば、人間はやりたくなくてもやってしまう」と…まさしくスーダラ節「分っちゃいるけどやめられない…」です。


ちなみに、このアングリマーラの話が元になって、弁慶と牛若丸の話が出来ました。ただ、指を千本…ではあまりにもえげつないので、刀を千本になったんですね。

弁慶は最後、奥州平泉で討ち死したことになっていますが、アングリマーラもまた、悲惨な最期を遂げたと言われています。
千人目のターゲットはお釈迦様…襲ったところ、逆に諭されて改心し弟子になりました。頭を丸め、袈裟を着て托鉢に行くと、どこに行っても必ず殺された者の家族がいるのです。食事をいただくどころか、罵声を浴びせられ、石を投げつけられ…それでも彼は、自分に原因があるからだと、全く抵抗しませんでした。
そして、ある日彼は殺されてしまいました。
お釈迦様は、その知らせを聞いて「あぁ…私は、アングリマーラを救ってやれなかった…」と、涙を流されたそうです。

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