こっちはほんとの生首

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これ…すごい迫力ですが、それもそのはず、本物の生首です。滋賀県の等正寺にあります。それも、落ち武者の首…とかじゃなく、堅田の源兵衛という漁師さんの首だと言われています。
蓮如上人の時代、といいますから500年くらい前、爆発的に広がった念仏の教えに危機感を募らせた天台宗、比叡山の僧兵たちに、今の知恩院の辺りにあった本願寺(大谷本願寺、現在は崇泰院という時宗のお寺になっていて、蓮如上人産湯の井戸とか親鸞聖人のお墓が残っていますが…お墓の後ろの崖の上を見上げるとギリギリに建つのは知恩院の公衆便所!?)は焼き討ちにされ、蓮如さんは親鸞聖人の木像を三井寺に預けて堅田に落ち延びました。蓮如さんは、堅田を根城にしていた琵琶湖の海賊(湖賊?)を味方につけてたんですね。
ところで、三井寺も天台宗なのに、何で…と思われる方もおられましょうが、同じ天台宗でも、比叡山延暦寺と三井寺は仲が悪くて、僧兵同士しょっちゅう喧嘩してたわけですね。今でも、三井寺には「弁慶の引きずり鐘」と称する、山からぶんどってきた釣鐘が残ってます。現在も、天台宗(比叡山)と天台寺門宗(三井寺)に分かれてます。ちなみに天台宗系にはもう一つ、天台真盛宗(西教寺)という宗派があります)で、敵の敵は味方…と、蓮如さんは三井寺を頼ったんですね。それがまずかった。

落ち着いたから木像を返してくださいと言いますと、三井寺は嫌がらせにこんな事を言ってきた。
「実は、問題が起きて、どうしても生首が二つ必要になった。木像が欲しけりゃ生首二つ持って来い!」

持って来いと言われても…まさか、アラレちゃんとか鉄腕アトムじゃあるまいし、ホイと外して持ってくわけに行きません。
まさか、蓮如さんも誰かに首をちょうだいとも言えませんし…それを聞いたのが源兵衛という漁師さん。お父さんの源右衛門共々熱心な念仏者。この危機に際して、自分たちの命を差し出そうと決めるんです。だけど、ちょっと待て、誰が首を三井寺まで運ぶ?。結局、親父が息子の首を切り、それを持って三井寺へ…・。
だけど、三井寺の僧兵、まさか本当に持ってくると思わず、内心驚きながらも、
「首が一個しかないが、もう一個はどこだ」と詰め寄ります。
ここで昔のお説教だと、親父源右衛門が、着物を脱ぐと下は白装束、「もう一つは、これじゃ。さぁ、この白髪首、撃ち落として受け取るがよい!」尻をまくってドッカと座る。
その勢いに恐れをなした僧兵ども、
「いやいや…首は一個で良くなったので…どうぞ、もう一個の首は、そのままお持ち帰りください。木像もお返しいたします…」丁重にお引き取り願うハメに…。

そして、源兵衛の首は、三井寺の末寺だった等正寺に手厚くお祀りした…のちに等正寺は浄土真宗に変わったそうですが…実は…源兵衛の首」たという頭蓋骨、大津市内にあと二つ残ってます。
キングギドラじゃあるまいし、首が三つもあるわけないんですが…てか、首を三つも持ってったら、一個多いからお返しします、になっちゃいますよ。
いずれが本物…なんていう、野暮な詮索は止しましょうね。

フランスにキリストの包皮と称する聖遺物を見せて、お賽銭集めてる教会がいくつもあるのと…理由は同じですよ…きっと。

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