雪の中の石仏たち

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関東地方に何十年ぶりという大雪が降りました。2月8日から9日にかけて降り続き、20㎝ぐらい積もりました。
それから4日経ちましたが、うちの石仏たちは、まだ雪の中です。降った翌日は、完全に埋もれてどこにおられるのやら分からない状態、実は隣に清水公照さんの石碑が埋もれてます。半円形の御影石に「ようこそ、ようこそ」って彫ってあるんですが…。

向かって左側は、田の神さぁ(たのかんさぁ)と言います。鹿児島県に多く見られる神様で、田んぼの畔なんかに祀られています。これは本物そっくりのレプリカですが、本物も何故だかオークションに出ています。
この神様、よく見るとお茶碗とシャモジを持っています。
調べてみると、この神様、元はこんなじゃなくて、古いものはもっと巨大で、衣冠束帯の神像だったみたいですが、時代とともに小型化し、こんな姿になりました。この形の像が作られるようになった背景には、どうやら薩摩藩の浄土真宗弾圧があったようです。
薩摩藩では江戸時代、キリスト教だけでなく浄土真宗が禁教とされ、激しい宗教弾圧が有りました。勿論発覚すれば死罪です。薩摩の真宗門徒の人々は、洞窟などに密かに集まり三百年の間、信仰を守ったのです。隠れ念仏と呼ばれます。
先日、壁に光を反射させると、鏡の裏の文様が映る、魔鏡が新聞に出ていましたが、隠れ念仏の人たちも、魔鏡に阿弥陀仏の姿を隠していました。勿論、裏面の阿弥陀仏の姿は、別の文様がはめ込まれて、表面的には見えません。
で、この田の神さぁに戻りますが、お茶碗とおシャモジで「飯取る」…「召取る」つまり阿弥陀仏の四十八願のうち第十八願、「摂取不捨の願」を意味し、、阿弥陀仏として祀っていたのではないかと言われています。
隠れ念仏の方たちは、本願寺は江戸時代通して密かに援助を続けたようで(呼び名似ていますが東北の隠し念仏の異端信仰とは別物です)、明治になってから、元薩摩藩領だった宮崎県延岡市に拠点を置いた僧侶たちの呼び掛けに応じて、再び表に出てきました。

素朴な石仏にも、過酷な宗教弾圧と、その中で密かに信仰を守り続けた薩摩の念仏者たちの願いが込められているのです。

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